書斎のゴルフ

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書斎のゴルフ
気持ちのいいスイング 練習編

「ダイアプレス」 2007/11/18

前号の『書斎のゴルフ』第17号で「気持ちのいいスイングを求めて!」と題して、湯 原プロの現況をリポートした。椎間板ヘルニアなど多くのケガや病気でゴルフを辞め たいとまで考えた湯原プロが、新しい自分のゴルフを求めて苦闘しながらも希望を見 出している姿勢に読者の方々から多くの反響があった。そこで今回は具体的にどのよ うな練習を行っているのかを取材した。

文・写真●本條強

 気温は体温よりも高かった。呼吸をするだけで汗が噴き出る。
 猛暑が陽炎となる川崎で、湯原信光はコーチの渕脇常弘と入念な練習を行っていた。
 8月14日で満50歳となる湯原は、その週に行われるファンケルクラシックでシニアデビューを果たす。新しいゴルフ人生を踏み出す男には酷暑をものともしない生気があった。
 その日の練習は、リンクス新川崎の練習グリーンから始まった。ストローク用の細長いボードを横にして体の前に立て、それにパターのヒールをこすらすように滑らせ てボールを打つ。ボードの方向をカップに向けているために、素直にストロークでき ればボールは真っ直ぐカップに向かい沈む。
 湯原はどんどんとボールを打っていく。感情を押し殺すようにしてストロークを重ねる。渕脇は飛球線後方、前方、正面、そして背中側とあらゆる方向から湯原のパッティングをチェックしている。学生時代は剣道の達人であり、その後、プロのボクサーとして世界を制する腕を持っていた渕脇の体は異様に大きい。ゴルフのインストラク ターというよりもボディガードのようである。
 恐ろしささえ漂う渕脇の相好が崩れた。
「全然、楽じゃないですか」
 そう言って笑った。真剣な表情だった湯原にも笑みが浮かぶ。
 ボールはすべてカップに吸い込まれるように消えていった。ストロークが僅かなぶれもなくしっかりと同じ軌道を描いていた。
 アドレスのボール位置はスタンスの真ん中よりもやや左。グリップはその真上にある。左太もも内側。パターヘッドはボールの真後ろにセットされ、テンポよくボールをヒットする。バックスイングとフォローの大きさは同じ。
 湯原は機械のように同じ動きを繰り返すが、機械が持つ無感覚さや冷たさや乾き切った感じは微塵もない。湯原の確固たる意志が体や腕からパターに伝わり、それがボールに伝わって生き物ののように前に前にと転がって行くのである。
 約30分でパッティングの練習が終了した。
「楽とはどういう意味ですか?」と僕は渕脇に尋ねた。
「どこにも無理がない。いい感じということですね」
 次はバンカーの練習であったが、先に人が入っていたので、打球練習に切り替えることになった。
「右ですか、左ですか?」と渕脇が湯原に聞く。
「左」と湯原。
 打席は広々した練習場の左端となった。

 湯原は何本かの平たい棒をキャディバッグから取り出し、スクエアボックスを組み立てる。そして太いゴムチューブを体に巻き付けて素振りを始めた。しばらくやって ウォームアップが完了するとゴムチューブを取り外し後方の椅子に投げた。
 飛球線後方から目標をしっかりと確かめると、ボールをスクエアボックスの中央に 置き、しっかりと打つ。クラブは7番アイアン。1球ごとに汗が飛び散る。
 鋭く速い体の回転。ガツッというインパクトの衝撃音。ボールは勢いよく飛び出し、高く上がってもうひと伸びする。そして緩やかな落下。
 湯原の小気味のいいスイングは若い頃と何も変わらないように見える。
「肩や肘を壊し、靱帯を切り、椎間板ヘルニアにもなって、自分のスイングの感覚を失ってからは暗中模索だった。藁をもつかむ思いで多くの人に習ったが、何かが違っ ていてストレスが溜まる一方だった」
 前号の『書斎のゴルフ』で語ってくれた湯原の言葉が思い出される。
「どんなふうに教わってもそれなりに上手く打ててしまう。それでいいじゃないかと人は言う。でも全然よくない。気持ちが悪くて仕方がないんだ。それは僕のスイングじゃないと僕の体が悲鳴を上げているのを感じるんだ。どんなことを言われても上手く打ててしまう自分の器用さを呪ったよ」
 湯原は出口のない迷路に迷い込んでしまった気持ちであったろう。
「僕は気持ちのいいスイングをしたいだけなんだ」
 湯原の葛藤は叫びともなっていた。
 そんなときに現れたのが渕脇だった。渕脇は湯原の気持ちの悪さが感覚としてわかった。少年時代から天才と呼ばれていた湯原は、どんなアドレスからでも、スイングであってもボールを器用に打ててしまう。目標に飛ばせることができるのである。しかしそこには凡人にはわからない無理が生じているし、スムーズではない動きが起こっている。だからこそ気持ちが悪いのである。渕脇はボクシングなどで鍛えてきた「目」によってそれを見ることができた。


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